2010年02月25日

ジャンジャン

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孫が来た。私としては、田んぼに作った遊び道具の架線に乗せてやるのが楽しみなのです。おじいさんやおばあさんばかりのわずか15件の小さな集落ですが、孫も会う人みんなに声をかけます。おじいさんおばあさんも、にこにこと応えてくれます。
ゲートボールをしているところへ、里で作ったキンカンを持って行って「これ体にええけんな、食うてよ」と孫たちが配っていました。翌日は三人の孫とママ一人が近くの小さな谷に探検に行きました。ただ歩いて石を投げたり、木を拾ったり、寝そべったりするだけなのですが、町の方では絶対にない光景だそうでした。何にもない田舎にこそ、無限の遊び場があると思っているのは、こんな幼い児たちなのですね。
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2010年01月29日

いか大根

インターネットで調べていか大根を作ろうと思ったが、面白くないと思い自分流で作ることにした。人の真似したって所詮そこから抜けにくくなるだけのことだろう。私はつらいことがあると、隣へ焼酎とアテを持って行って一緒に飲んで機嫌が治るのだが、難しい話はをしないのが飲み連れの流儀というやつだ。でも、何なのだろう、帰る、変える、返る。

1月2日那賀町の成人式があり出席した。どの子をみても私が成人したころに比べるとしっかりしているというか、後ろへ後ろへ回っていくような子はいなくて頼もしい限りだ。記念公演に人形浄瑠璃の吉田勘緑氏が招かれていて驚いた。演題忘れたぞ「いい男は田舎を目指す、いい女は田舎に・・・」みたいな感じ、で最後のほうで「帰ることをしてみる」というようなことを話されていた。

生まれた所に、人はもう誰も住んでいない。でも帰ってみよう、何かが必ず見つかるという。そこに生まれどんな夢を見て成長したか、その時、生まれた所を捨てようとした人は居なかったはずだ。

残された小さな靴、誰がはいていたのだろう。カバン、帽子その一つひとつにそれぞれの人生があったはずだ。何とかしようと思って夢破れ、故郷を捨てた思いを今ならどんな思いに変わっているのか、昔を振り返って、自分はどう成長したのか、そんなことを思う時間が大切だという。

大根は必ず茹でた湯を一度捨てる。大根臭いのがいかん。その時点で柔らかくなっていたりしてそのまま食べれたりする。ひたひたで茹でたイカに大根を帰し、酒・味醂・砂糖・醤油(私はアゴだし少し加える)を適当に入れてグラっと煮たてて冷ましたらそれでいい、食える。隣に飲みに行くのは恰も故郷に帰るような気がしてならない。つらい時どこでもいいから帰ってみよう。さあ、イカ大根持って隣へ帰るとするか。「びっしり、びっしり来な」と言われながら。(びっしり・・・:年がら年中私の家に来ないでおくれの意)
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2010年01月16日

そば

何か手を抜くことはないかと考えて、ブログが更新されなかったとしたら由々しきこと。ではまた始めようか。

正月も過ぎ、やがて3歳と4歳になる孫も来るというデパートに向かった。いつもだがしんどくないし、じいちゃあんと寄ってきてくれたりすると、疲れた胃も楽になるのは不思議だ。

昼飯を食うことになった。うどん・そばの類にお子様ランチ、それはそれとして生ビールのPRが妙に目に触ってしょうがない、熱燗でもいい。ああ今年も私には成長がない。辛抱できないか晩まで。六代目円生の「一人酒盛」が頭を過る。「酒を夜まで待てだあ、ばかあいっちゃいけねえ、第一体に毒ですよ・・・・・」そうもいかず、黙ってうどんに静かに箸をつけズルッ!「じいちゃん、いただきます
は・・・・」無視してもう一箸ズルッ「いただきますって言うてみ・・・」2月が3歳の誕生日の女の児。「これ味見てみて・・・」私に自分のそばを食わそうとしている、まずいのか、少しでも減らそうとの魂胆らしく協力したが、まずかった。そのあと遊んで、刺身と寿司を買ってあわてて家に帰った。
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2009年07月16日

夕暮れ

鮎は沢山いるようなのだが、なかなか掛からないようだし、小さいときている。それでも、毎日誰かは来ているようだが、思いいたらず、うなだれて帰って行く姿を目にする。私もやるが、日中はどうも暑くていけないので、日が落ちてから出かけている。そうは思ったようにはいかないが、5、6匹掛けると日が暮れるという毎日を過ごしている。今日も5,6匹だろう、帰り支度に竿をたたんでいると「ちゃぼっ」と本当に小さな音がする。水辺を見ているとまた「ちゃぼっ」。小さな魚(おそらくあ
めごの子)が水辺で虫を追っているのだ。こんな風景見る人、世の中に何人いるのだろうかと思った。しあわせー、へいわーって感じるこの一瞬。何匹釣った、大きかったじゃなく、自然と話ができる時間、大切ですよね。
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2009年07月12日

みんなの広場から

 文字の練習に、新聞のコラムを書き写したりしていたことがあった。練習紙が残されていたので記憶のために、記しておきたいとここに・・・・・・・

「だれにでも起き得る登校拒否、そのかわりに直りもする」と解説されていた森田洋司、大阪市立大学教授の一文を読みながら教職現場時代に思いをはせた。

 現代の受験体制のもとで喪失しているものは何だろう。親も教師も、そして子どもたちにも、精神的余裕がないと思う。「早くしなさい!」とまるでロボットみたいに言い続ける親、そして教師たち、画一に、いっせいに、自分で考えるペースで動かそうとするあせり・・・・・・。感受性豊かな子どもたちは、そこからのがれる手段として、登校を拒否するのだと思う。一人ひとりの子どもたちの成長、発達をじっくり観察できるゆとりがあったら「なぜ学校がきらいになったのか」を子どもと語り合い、解決の糸口が見つかるのではないだろうか。ぎすぎすしない、柔軟なバネのある学校の育成こそ、先決問題だと思う。  長崎市 浦田千鶴子  (毎日新聞 みんなの広場 1992.10.20)
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2009年07月03日

鮎解禁

鮎が解禁になった。私はせせこましく厭らしい人間だから、川でも海でも一人で大きなのを沢山釣りたい気持ちが犇めいている。そしていつもその罰が当たる。解禁日は大水でアウト、3日目は2人が川に見えていた。まだどうも早いようだとは思ったが矢も盾もたまらず行った。先日、支流でシャクッてきたのを囮に泳がせてみるといきなりヒット。んイケるかも、換えた囮はちょっと型がいいので向こう岸まで泳いで行った。そしてすぐに当りが、ぐぐっ、ズシリと重い、これはこれは、ゆっくりゆっくりと引き寄せてくる、重い、まことに重い。2人が両方で見ている。逃がすわけにはいかない。かっこうをつけてゆっくりゆっくり・・・・・が、どうもおかしい、バタバタしない。いまどきそれほど大きなのがいるはずもないのだがはて、近づいてきたのは大きな石ころ。針にがっちりとかかっているではありませんか。出水で石が流れているのがかかったらしい。ああああああああ囮鮎はグロッキー、後は推して知るべし,無残な結末でありました。他人より小さく少なくと考えているのが、よい釣りの秘訣と悟ろうか。あちこちで型のいいのがかかっているというのになあ。
posted by い和 at 20:40| Comment(1) | 日記

2009年06月20日

昔話

おじいさんは今日もどこかで飲んで「じーんせいらくばかりーーーー」(本当は「人生楽ありゃ苦もあるさ・・・」の水戸黄門の歌)なんて歌いながら帰ってくると、孫が来ているではないか、

孫は退屈しているようで、早速ばあさん「じいちゃん酔たんぼばっかりせんとお話でもしてやって」「はいはいええと・・ではうたちゃんお話ししようか、むかしばなしだぞう」話し好きのうたちゃんは身を乗り出してきて目を輝かせているのでした。では「むかしむかーしおじいさんもおばあさんもどこにも住んでいませんでした。おわり」うたちゃんはじいちゃんの顔を少し見てから、ママの所に行きました。「じいちゃんな、むかしむかしおじいさんもおばあさんもすんでいなかったんじゃって、お
もっしょいな、じいちゃんおもっしょいな」意外と受けた昔話でした。
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2009年06月13日

田んぼ

田んぼに雑草が見えだした。田イモとか言っているが調べてみるとオモダカである。根の先に芋がついている厄介な代物だ。そうーっと引っ張ると芋もついてくるがなかなか難しい。顔が水面に触るくらいまで慎重にやっていると、田んぼの生き物がいっぱいいることに気づいた。オタマジャクシには足が生えて、蛙になって陸を覗うことができようになることもすっかり忘れていた。何万匹いるのだろう、とても見当がつかない。競争に負けたオタマジャクシの亡きがらに微生物が群がっている。ミジンコも田んぼいっぱいに浮遊している。ミジンコは甲殻類でエビやカニの仲間で、生き物の中で非常に大切な生き物の一つだそうだ。我田のミジンコの種類は何か、そのうちに観察しようと思っている。タニシも見える。料理の北大路魯山人は、タニシを食って亡くなった話を聞いたことがあるが、食うには及ぶまい。イモリも数えきれないくらいいる。これも焼いて食った男がいるが、どうかと言われても、さすがの僕もそれはどうも、ご遠慮仕る。小学生から田んぼのお礼の手紙が届いた。丁寧に書かれてあり、感情が伝わってきて嬉しかった。わたくしは、田植えが終わった後、「今日限りにせず自分が植えた稲の育ちや、田んぼにいる生き物を時々観てやってほしい」と話したが、さて伝わっているのかどうか。「田んぼはいろいろなことを教えてくれますよ」って。
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2009年06月08日

梅酒

梅酒を漬ける時期になったが、もう何年何十年になるのか分からないくらい古いのが出てきて、捨ててしまうというパターンを繰り返しているように思うが、古くは室町時代から造られているようで、いくら経っても構わない、古くなるほど重厚な香りになり、勿論おいしく、体に悪い訳がないが、飲みすぎるとこれは酔う。で、今年は捨てずに飲もうかと思っているが、夕方になるとついつい透明の方に手が行ってしまう。あっ、つばめが、家の中に入ってエアコンの上に止まっている。あれは最近やっと飛び立つことができた2羽のうちの1羽、まだ産毛をつけている。車庫に巣を作って何羽かを育てていたのだが、蛇がきて何羽かを飲みこみ2羽だけ残って、まだ巣を巻いていた。あわてて突っつき落としたが、どうしたものか、蛇もつばめも同じ命。がやはり「大事に見守っていたのにこの野郎」軍配はつばめに上がり、止む無く打擲に至った。あれはあれで物語があるのだが、お礼を言いに来てくれているように思えてならないのだ。さ、青梅とりに行こう。梅干し用は熟れてからです。
posted by い和 at 11:20| Comment(1) | 日記

2009年05月28日

田んぼ

5月28日北川小学校の田植えが終わった。百姓は田植えが終わると、本当にくつろいだ気分になる。「ああやれやれ、一杯やろ」あっ、これは私だけの感想か。「田んぼの学校」という本にこんなクイズがあったので紹介してみよう。

クイズ:人間は食べ物を食べて生きていきますが、稲は主に、次のものを吸収して育ちます。そのうち一番大切なのはどれでしょうか。

@ 水  A二酸化炭素 B太陽の光 C肥料



こたえ:Bです。葉は太陽の光のエネルギーで、根から吸い上げた水と葉から吸収した二酸化炭素を原料にして、葉の中の葉緑素がデンプンに変えてくれます。根から吸われたチッソは、そのデンプンといっしょになってタンパク質となり稲の体を作っているというわけです。もちろん他の要素も大事ですが、太陽が降り注がなかったらどうにもならないということですね。

 

 折角植えた稲です、稲がどう育ち、田んぼにはどんな生き物がいるのか、口に入るまで観察してほしいものです。  岩

               
posted by い和 at 11:39| Comment(1) | 日記