2009年01月10日

バター

 年末、孫たちが集まった。うたちゃんは2歳半、まおちゃんはもうすぐ2歳になるが、か行が言えない。たとえばミカン(蜜柑)はミタン、ダッコ(抱っこ)をダット、イチゴ(苺)をイチドという具合。うたちゃんはまおちゃんがかわいくて、抱っこしてみたくてたまらないのだ。後ろから回って行って抱っこの姿勢に入って「うっ」と持ち上げようとして腕がはずれて首にかかった。まおちゃんたまらず、「うわーー、ばたー!」

今年も笑いの多い年でありますように。
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2008年12月08日

南無阿弥陀仏

大根洗う女の足の影見届け 岩男

大根が好きである。
漬物用にと引いて、洗って、干したが、突然の寒波で一部がシびた。このやろうと夕方、酒のあてに、また勤めに行っている妻にもと、煮大根を作ることにした。よく太っていてうまそうなやつを一本引いてきた。皮をはぎ、適当な厚さに切って、一度煮出す。大根臭さがなくなったら取り出す。出汁はイリコの煮干しだけ、頭とハラワタをとって取り出した大根と水、砂糖・味醂(全て適当)で大根が透き通るまで煮る。その後醤油で味を調える。そう、そこに私は唐辛子を入れるから、家の裏に吊るしてあるのを4本ばかりちぎってきてそれをはさみで割って、種を右手で丹念に取り出したのです。グツグツと煮えているところに1センチくらいにハサミでチョキッチョキッていれていたら、急にトイレ(小)に行きたくなって行ったのです。済ませて出てきたら、ちょうど女房が帰って来ました。

「かあちゃん痛い」

「ん、どしたん」

「ヒリヒリヒリヒリする」

「どこが?」

「どこって言えんけんどピリピリする」

「んん」

「煮大根に唐辛子入れたんじゃけんど、手洗わんとトイレに・・・」

「あほう」

「でも、普通は手洗うのはトイレの後と・・・・ううう」

「知るか」

とにかくこの痛みが早く取れますようにと、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏・・・・・チーン。
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2008年09月19日

停電

台風13号がフィリピン東海上で生まれたのは9月9日、まさかこちらにやってくるとも思わずにいたが、11日かけて我が家近くにやってきた。稲刈りも済んでいない者にとってはかなわない。大雨・強風に付ものは停電、懐中電灯・ランプを点検しておかなくてはと、あちこち目をやるようになる。石油ランプが我が家のメインの灯りとなるが思った、テレビもパソコンもなにもかも停止して、暗闇に聴こえる川の音、幽かに残っている風の音、この安らぎはなんだろう。本当に他愛もない二人だけの話が静かにできるこの時間を大事な時間に思えるのはなんだろう。日常に疲れた人間を癒すのは、涼しい風、暖かい炭の火、冷たい川の水、そうだ、暗くなれば暫し行燈にロウソクをいれて床に就く、夜が明ければ起きて一日を始める、それでいい、それでいこうじゃないか。2日と持たない。
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2008年09月16日

夫婦春秋

敬老の集い、うっかり出欠の葉書を出し忘れていたが、「あなたは出席になっております」でも葉書が手元に、まあいいと参加させてもらった。親がダイヤモンド婚の表彰とはこれも迂闊だった。表彰があって、例の通り代理の挨拶があって、アトラクションが始まるのだが、地元のご婦人の表情豊かな踊りが会場を魅了する、昨年に続いて飛び入りの市五郎さん、今年は落語だった、「ラブレター」花を並べた文句に返事が葬儀屋関係の言葉、これだけ記憶していることが感動もの。カラオケ、よく声の通るいい歌を聴かせてもらった。これも表情がいい。ソノエさんの「野崎詣り」いちまでも若い、大拍手。夫婦春秋のメロディに客席から老夫婦に扮したご婦人二人、ひっついたり離れたり、滑稽に踊ってくれた積りだろうが、私は胸が詰まって仕方なかった。戦争で逝った者、帰還して身を削って今を創り上げた者、本当に私はこの人たちに感謝していたのだろうか、自分を問い詰める時間となった。120名くらいいただろうか、全員心から拍手をしているように見えた。敬老の集いに参加させてもらって、お年寄りに元気をもらうことになろうとは、帰って母に「60年にもなるんじゃのおめでと」と言わずにおれなかった。「ほうなるは、お前61じゃろ」。今の社会、お年寄りを敬う気持ちを持つことで展望が開けるような気がしてならないのだが。
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2008年09月11日

病室の名札

「これ掛けていいですか?」と看護婦さんが持って来たのは、病室の入口に掛ける名札だった。いつもの私らしく「どっちでも」「看護婦にも分かりやすいので掛けさせてもらいますね」廊下に出ると「おっ出ているな」病室の主になったようで悪い気分でもなかった。大腸ポリープが見つかって、切り取ることになったのである。組織検査の結果を「あんた癌の寸前ですぜ」(入院中藤沢周平を読んでいたのでこんなセリフ)と説明があった時は少しばかりたじろいだ。最近の手術は簡単でいいというが、医師たちは尻(ケツ)の穴に管突っ込んでケーブルを入れ替え差し替え、面白半分(実は真剣で命取りになることもあるそう)にやっているが、エアを入れると膨れて痛いのだ。静かで飯も運んでくれてこりゃ天国と名札をニヤニヤと見つめるのであった。「かかあはもう帰んな、家もいそがしかろて」「もう帰っていいのかいおまえさん」「ああ、とっとと帰んな」昼飯抜きで夕食がきた。おかゆに味噌汁、玉ねぎ炒めに牛乳にパン、あっという間に平らげた。味などはどうでもよかったし腹が減っていると何でもうまいのだ。とにかく昨日は粥ばっかりで、朝から出すだけ出して腹には空気が入っているだけなのだ。本だけ読んで床に就き、朝を迎えた。朝早く看護婦さんが検診に来て熱と血圧を測った。「朝飯はいつだい」「八時でございます」ああ飯が食いてえなあ。お茶が先にきてペットボトルに少し分けてもらった。朝飯がきた。
味噌汁に炒り卵にたくあん、手術の後に漬けもんかいと思った。昼飯、味噌汁に炒め肉、手術の後に肉かいと思った。味噌汁の味は私に合わない、玉ねぎは全部硬い、かあちゃんの料理が早く食べたい。精算をすませ、たった一日かけてあった名札を睨んでそそくさと家に帰った。犬もあめごも私を待っていた。「どうだったで、病気見つかってよかったでえ」妻は優しかった。
posted by い和 at 23:53| Comment(2) | 日記

2008年07月24日

夕焼けトンビ


解禁当初はそうでもなかったが、最近になってまあ大きめのもそこそこ採れるようになった。とある夕方、川原も人影がなくなって静かになってきた頃を見計らって出かけた。まあまあのが数匹釣れて、いい囮(オトリ)をと最高の場所へ鮎を送り込んだ。しばらくしてグルグルと竿に乗った大きい、慎重に慎重に引きずってくる。やったぞやったぞと思った瞬間、空から黒い影がピューッと来てちゃぶっ、かかった鮎と囮セットでバイバイ。頭の上の高圧電線でトンビ1羽とカラスが2羽が、してやったりとほくそ笑んでいるではないか、くそトンビにっくき奴と石を投げつけたが届くわけもなく、僕何でこんな目に、それから1匹もかからなかったことはいうまでもない。鮎釣りやめたっと。「夕焼け空が真っ赤っかトンビがくるりと輪を描いたホーイノホイ」てか、胸糞悪い。
posted by い和 at 21:47| Comment(0) | 日記

改装工事のため仮設炊事場を大工さんに作ってもらって、キャンプのような生活をしている。その周りにである。無数の小さな穴を見つけたのだが、どうせ蟻の巣くらいだろうと思っていたが、孫たちと帰ってきていた好奇心の強い娘が、大きめのその穴をじっと覗き込んで観察を始めた。ほんの数分後「わかった、せみじゃあ!」行ってみると、穴から土を掻いてゴソゴソと出てきたのだ。これは私も少しびっくり、初めて見た光景だ。よろよろと歩きだした蝉を家の中へと連れて行って観察。別に何事もなくみんな寝てしまった。翌日のこと、羽化してしまって蛻(もぬけ)の殻。と近くでそいつがよろよろと歩きだしたのだ。羽は最初はきれいな緑色、何の蝉かなと思って見ていたら、段々と変わって茶色になってアブラ蝉。何さまその穴の上に仮設したものだから、炊事場の下から這い出てきては羽化の毎日、炊事場は蝉の殻だらけ。でも朝、もぞもぞとしていたのが、ブルブルと飛んでいくのを見るのもなかなか乙なものです。そうだなあ、3ミリくらいの穴が1センチくらいになると出てくるようだが、3ミリくらいのとき夕方穴を見ていると、眼らしきものが見えて、手を持っていくと引っ込んだりしていたが、7年の歳月という土の中の生活を思うと、いろいろと考えさせられるものです。さあ今朝は何匹飛んでいくのか。
posted by い和 at 07:32| Comment(0) | 日記

2008年05月28日

耕運機

小学校で田んぼを作ることになったのは、子ども会の世話をしている時だから、およそ20年くらい前になる。今、田んぼを作っている農家は折宇北川で10戸ほどだろう。稲の育て方を知らない人が殆どということになる。小学校、どうも田を耕す者がいないらしい。おまけに耕運機が動かないらしい。私の所から行ったものだが、行ってみると哀れな姿、何年も何年も泥団子のままで置かれたのだろう。燃料の圧縮部にエアが入って起動しなかったようだ。北川モータースに修理してもらって動き出した。畦、穴だらけ、これでは水は溜まりません。畦波、ボロボロ、全部引き剥がしました。畦のつけ直し、3畝もない田んぼに昼過ぎまでかかってエブリがないから、そこいらにあった竹の棒を引っ張ってならしてやっと終わった。どうやら水を入れっぱなしにしなくても溜まっていそうな雰囲気。耕運機は家に連れて帰ってきれいに洗ってやりました。私は高校は農林科、作業の後は鍬など使った道具は必ず洗うように習慣づけられました、そして今もその教えは生きています。お世話になった機械、来年も動いてもらうためにどうしたらいいのでしょうねえ。でも子どもたちが泥に触れて苗を植えるのは素晴らしいことです。できたら素手でやってほしいものです。
posted by い和 at 21:02| Comment(2) | 日記

2008年05月17日

登山

登山のルールはたくさんあるだろうが、二つほど覚えていた。剣山に登るのは何年振りかなあ、20年くらい前かな、カアちゃんとその友達と、総勢4人で何を思ったか挑戦することになった。

9時少し過ぎて、木沢側から登って高野瀬側に降りるコースで、次郎笈経由で頂上を目指す。50?歳から60歳の4名、馬鹿話をしながらてくてくと登って行った。珍しい花なら写真に、と思ったりしながらの登山。花とウンコ(獣)ばかり見ながらついたのが1時ごろだったか。何人に会っただろうか、とにかくたくさんの人に会ったが、ルールの一つ上り優先、ともうひとつ「こんにちは」の」挨拶、みんなが守っている。そして登り口から頂上まで、ゴミ一つなく、少し苦しかったが気持ちよく登った。剣山の新居綱男さんがいた、妻と友達と一緒に写真を撮らせてもらったが、「木沢や木頭の人が見えると心が和みます」と喜んでくれて、温和で心の美しさがいっぱいに出ているいい顔でした。足が痛く眠くなってきました。今日はここまで。写真を2枚ほど。
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2008年05月15日

巻尺

男はいつも巻尺を持ち歩いていた。ある夏の暑い日、道路に長く横たわっているものがあった。青大将である。「これは珍しく長いぞ」男の好奇心に火がついた。普通は1.5m止まりだが、まれに2mを超えるものや、3mの話もないではないらしい。
いずれにしても長い、男は巻尺を取り出した。頭の所に巻尺の端を置いて測ろうとしたのだが、くねっていてどうもいかん、真直ぐなのを測りたいから尻尾を掴んで真直ぐにしようとひょいと引っ張ったからたまらない。ひゅうと頭がやってきてかっぷり「あいたあ」ったって遅い。どうやって測ったのかを聞き洩らしたが、2m30pあったらしい。蛇の季節がやってきた。これからは巻尺を持って出かけよう。
posted by い和 at 21:31| Comment(0) | 日記